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    幸せな箪笥。

    09-28,2014

    お客様と美馬さんの会話を聞いていて
    思い出した。
    幸田文さんの箪笥を真似て
    仕立てた着物。

    紺地の縞で紅絹裏。
    本来は、ウコンで下染めしたものを紅花で上染めして
    この色を出す。
    紅花を揉んで染めることから「もみ」と呼ばれる。
    現在でも赤パンツが密かに流行しているけれど
    昔から何にも変わらない、
    紅には魔除けと薬効があると信じられてのこと。

    地味な表地から揺れて見える
    その鮮やかな赤が
    何となく気になるようになって
    ずっと着ていないのを
    引っ張り出してみる。
    こちらに持って来ていたんだな
    この八掛は本物の紅絹ではなく
    おそらく化学染料で染めた
    なんちゃってながら
    懐かしい。

    初めての着物から
    折に触れて母は私に
    着物を仕立ててくれた。
    私の頃はみんなそうやって
    結婚までに一通りの支度を
    娘にする時代だったと思う。

    就職してからは自分でも
    ボーナスを頂く度に
    海外に好きな絵を見に行くか
    着物を作るか
    いずれそれは茶道具へと移っていくのだけれど
    20代の数年間は自分なりに
    着物実験をしてみた。

    30歳を過ぎて
    訪問着を一枚ということになり
    白地に墨書きの牡丹が描かれた
    母の着物のようなものがいいと言って
    私の好きな花を墨書きで描いてもらうことにした。

    リクエストは春蘭一種。
    今思えばなんとも難しいリクエスト。
    下絵を色紙に描いて頂いたりして
    やりとり
    地色はその頃好きだった薄色。
    呉服屋さんが気をきかせて
    もう一枚頼まれたのが
    鳥の子色に一面の野菊。
    それぞれ単色で
    いわゆる訪問着らしくなく
    地味で私らしいものとなった。
    訪問着の何たるかもわからないのに
    母はお金を払って
    私に面白い実験をさせてくれた。

    私の頃は着物は呉服屋さんにご相談するか
    稽古事の関係者から折に触れ頂いたりするくらいで
    安い着物というものがなかったと思う。
    今はネットの普及や
    小売業のようなシステムを取り入れたり
    色々な着物の買い方ができるようになった。

    もしも着物がただの物で
    ファッションに過ぎなければ
    好きなものを安く買って楽しむ方法もある。
    でも安いということの裏には
    悲しいけれど嘘もある。
    嘘も飲み込んで楽しむのも
    人それぞれでよい。

    でも、もしも
    私に娘がいて着物を誂えるなら
    明るい日向を歩いてきた一枚を
    その肌に添わせたい。
    人も日の当たる場所で
    大切に育まれれば
    幸せなお嬢さんとなるように
    お着物も同じで
    今流に言えば、きれいなオーラ
    どこにも陰りがなくて
    まっさらで、誇り高い手のみを経た
    ゲンのいい幸せの気を放つ。

    お金を払うのは
    物のみを見てのことに非ず
    その日の当たる道にお金を払う
    一つ一つの仕事のたゆみない
    間違いのない積み重ね
    関わる人の責任と誇りの積み重ね
    物も人も場も同じこと。

    せめて初めてのお着物は
    そういう世界のものから始めたい。
    その一枚につられてきっと
    相応しいお仲間が集まってくる。
    幸せな着物箪笥が出来上がると
    私は思う。

    大切に育てられた幸せな着物を
    お迎えできてうれしいです
    と新しいお客様からメール。

    着物も縁。
    いいご縁を得られるのも
    その方の運と徳。

    その方は
    ゆっくりと確実に
    物事に向き合う真摯な方だから
    きっと、美馬さんのお着物に引き寄せられて
    更なるお幸せが訪れると思う。

    本当にそうなると思う。







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    型染めの浴衣

    09-08,2013

    19歳の時に母が見立ててくれた
    竺仙の型染めの浴衣。

    P1060755_convert_20130927152633.jpg

    その年頃には少し
    地味で大人びていたのだろうけれど
    織り感のある
    シャリッとした生地も気に入って
    よく着ていた。
    学生時代の夏の写真は
    この浴衣姿のものが沢山ある。

    仕立上がりのたとう紙を開くときの
    胸の高鳴る感じは
    多分この浴衣が教えてくれた。

    色の移ろいが面白くて
    細々としたこの柄と色を
    初めはこわごわ
    いつしか夢中になって
    画用紙に水彩で写してみた。
    小さな部屋に浴衣を広げ
    顔を寄せて、線を滲ませ
    何度も描いたんだ。

    初めて仕立ててもらった
    アンサンブルは織りの着物で
    お茶用の無地紋付に柄はなく
    振袖は大きな仕事過ぎて
    私にとって
    等身大の染めとの出会いは
    この浴衣から。
    初めて型染めという仕事に触れた。

    あれから26年・・・
    白地の浴衣を好んで着た時期を経て
    またこの浴衣が着たくなった。

    摺れていた襟を仕立て直してもらって
    ひと夏、稽古に着て
    もう衣替え。

    こうして巡る季節と共に
    ロングスパンで傍らにある。
    夢中で描いたあのスケッチはもうないけれど
    あの時の瑞々しい感動が
    たとうを開く度に
    毀れてくるようで。

    おつかれさま。
    きれいになって
    夏までおやすみなさい。

    振袖

    05-22,2012

    お祖母様がお孫さんの成人式にと
    見立てた振袖。
    お母様とお孫さんが親子で
    お仕立て上がりを見に来られた。
    薔薇色の頬に良く映る綺麗なお色。
    鏡の前でのお着付けを傍で拝見しながら
    何だか思いが溢れてきた。

    私の祖母は二人とももういなかったから
    母が私の振袖をつくってくれた。
    振袖は縁を呼び寄せ、厄を払うもの。
    19の厄年に間に合うようにと
    18の時に呉服屋さんに来てもらった。

    男の子のようだった私は
    でくの坊のように鏡の前に立って
    あてがわれる絹に戸惑うばかり。
    お着物のことも何も分からなかった。
    呉服屋さんは白地を勧めてくれたけれど
    その時の私は白という色が気恥ずかしくて
    茄子紺を選んだ。

    記憶の中の最初の着物は七五三。
    しゃなりと歩く度に鳴る
    帯の鈴が嬉しくて
    いつまでも町内を歩いた。

    母と一緒に呉服屋さんに行ったのは
    中学一年の時。
    お正月に着るアンサンブルをと
    何本か出してもらって
    母は、好きなのを選びなさいと。
    私はわからないままにそのうちの
    紺地に格子の一本を選んだ。
    着付けと畳み方を母に教えてもらって
    冬場は祖母の着物を引っ張り出して
    反幅で着てみたりしていた。
    男の子みたいだったけれど
    何故か着物は好きだった。

    次につくってもらったのは色無地紋付。
    高校生の時、淡交会に出ることになり
    急遽染めてもらった。
    白絹を好きな色に染めるということ
    紋帖を初めて見て、それぞれの家に
    紋というものがあるのを知った。

    私が社会人になっても
    母は折りに触れて着物をつくってくれた。
    私は気に入ったものしか着ないので
    素直でない子供だったと思う。
    今になって、母が私に着せたかった
    年頃に合った可愛らしい着物を
    恥ずかしがらずに着れば良かったと
    しみじみ思う。

    着物は特別なもの。
    物だけれど
    ただの物というだけでない。
    母の母から母へ
    母から娘へ
    絹に重ねて手渡していく
    願いのこもった大切なもの。

    お客様をお見送りしながら
    母を思い出し、
    いつも気付くのが遅い自分に
    泣けてきた。

    今日のお客様、
    お祖母様とお母様の愛を纏って
    どうぞ良いご縁を繋いでいかれますように。

    対価

    05-25,2011

    展示会盛会のうちに無事終了。

    人が丹精込めて生み出したものは美しい。
    趣味に適う云々を超えた納得がある。
    美しいと思う仕事がそこにある。
    そしてやはりそれには相応の対価がついている。
    必ずそうでなければならないのだと思う。

    お着物の仕事を垣間見ながら
    そこにいかに細かな仕事があり
    いかに多くの人間の手が関わっているかを知る。
    古から手を掛けて磨かれ伝承されてきた技術の
    ひとつひとつの工程を経て出来上がった一箪の反物が
    お客様の目に適い、
    まずはゆのしの業者さんに出され、
    紋入れの業者さんに出され
    八掛を染める業者さんと細かな色をやりとりしながら決め、
    縫子さんに回る。お好みを微調整しながら縫い上げ、
    無地ならば染め色の微妙なところのやり取りがあり、
    小紋ならば最良の柄合わせを苦心し、
    コートや羽織なら裏地の色柄まで吟味し
    帯や小物との合わせがあり
    ようやくお客様その方だけの
    その時期とお気持ちに添った物語が
    着物に結実する。

    沢山の工程と人の手を経て
    自分と縁を結び、親から子へ孫へ
    染め替え形を変え命をつなぐ
    究極のオーダメイド。
    着物は物にしか過ぎない。
    でもそこにも出逢い繋ぐという幸せが確かにある。

    京都に住んでいた時
    町路地には小さな機屋さんがあって、
    機の音を響かせていた。
    本当に小さな家内工業で
    住宅街の中にぽつりぽつりとあった。
    今もあの機の音は聞こえているのだろうか。

    今はお着物の世界にも価格破壊の波が来て
    安い着物というものが
    売られるようになった。
    海外で技術を教えて作られたものも沢山ある。

    買う者にとっては商品は安いに越したことはない。
    それもまた自然なこと。
    私だっていいものが手ごろなら
    こんな嬉しいことはない。

    だけど、ハタと立ち止まる。
    全ての仕事の向こう側には人がいる。
    人の生活がある。
    時代=消費者=私達が、生き残る仕事を選んでいる。
    選ばれなくなった仕事は
    それまでどんな歴史と伝承があったとしても
    時代から消えてなくなる。
    それを生業としていた人はそこから去るより外はない。
    現代社会はそうやって
    消費者のためにコストを下げてきた。
    そしてそれはみんなにとって幸せなことのはず・・・
    で、そこから大きく後戻りすることはない・・・
    のだろう。

    だからこそ、
    安さに対して傲慢な気持ちを持たないでいたい。
    得をしたと思うことほど危険なことはない。
    忘れがちになるけれど、
    自分の手元に与えられているものに
    無邪気でいてはいけない気がする。
    仕事に対する尊敬と対価。
    人の仕事のみえる化を
    自分の想像力で常に常に補っていかなければ。
    いい仕事には対価を払おう。
    お金のある人は誠のある善いものを買って
    その仕事を遺してもらいたい。
    そしてせめて
    得をしたいなんて永遠に思わない私でいたい。

    与えられている仕事にも
    消えていく仕事にも
    感謝と敬意を持って。


    お客様たちの素敵な振る舞いに
    学ぶことの多かった3日間。
    会場がホテルのスイートばかりのフロアだったため
    他のスイートにご宿泊の方の様々も見聞きして
    考えることも多かった。
    品性とはお金とか地位には全く関係ないことを
    再確認。

    足元のお悪い中、お出かけ頂いた皆さま
    ありがとうございました。
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