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    野生

    04-29,2012

    久々の晴れで
    昨日の洗車に続き屋外活動。
    自転車で隣町の自然観察公園へ。

    P1030045_convert_20120504175205.jpg

    自転車を置いて散策。
    蜥蜴が鋭く光って
    草間に消えていく。
    汗ばむ陽気、虫も出始め。

    私の好きな椚の樹。
    この樹には思い出が詰まっている。

    虫捕りに夢中だった頃、
    昼間に目ぼしい椚に餌を塗り付け
    暮れてから
    意気揚々と出かけていく。
    カブトやクワガタ虫
    どれだけ捕ったか分からない。
    腐葉土を掘り返せば
    卵や幼虫も出てきた。
    樹に来るカナブンは糸をつけて振り回し
    触覚が大きくてガッチャガッチャ歩く
    カミキリムシを飽きず眺めた。

    そして強い女郎蜘蛛探し。
    勿論手で掴んで連れて帰る。

    虫の採集は飼うためではなく
    友達のと戦わせるため。
    蜘蛛はすごすごと逃げるクワガタなどと違って
    最後は相手の糸にぐるぐる巻かれて餌になる。

    子供の頃、虫が可愛そうだとか
    花がきれいだとか感じたことはなかった。
    世界には知らないもの、
    好奇の対象が溢れていた。
    残酷なことをたくさんしたと思う。

    可愛そうとか
    綺麗だとか
    そういう感覚はいつ
    何処から来るのだろう。
    借り物や代弁ならいらない。
    子供時代からそれをもっていなくてよかった。
    感情は獲得していくもの。
    経験から自分で学び育んでいくものだ。
    幸せな時代だったのかな。

    夕闇が迫ると
    幾つもの目玉の気配。
    ここにもちゃんと
    野生はある。

    ここに来ると何かが元に戻って
    細胞がすっきりする。
    チャージ完了。

    kouenn・convert_20120504174834
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    二匹

    12-07,2011

    私は弱虫だ。

    私と弱虫は結局仲良し。
    小さな時からいつも我が物顔で、
    のらりくらり長生き。

    おまけにもう一匹
    クヨクヨ虫という奴もいて
    こいつがクヨクヨクヨクヨと鳴く。
    こちらとも長いおつきあい。

    結局
    何もかもを頭で考えているのだろうな。
    とぼれんちんなのに。

    共に働く女性の皆さまは
    よき家庭人でもあり、
    いい意味でさばけていて、
    なんくるないさーと言っている。
    腰がどっしり据わっているのだ。
    うむ 見習いたい。

    最近はもう
    この二匹はいるものなんだと
    思うことにした。
    追い出そうなんて
    思うからしんどい。
    ふふふ
    飼いならしてやるのだ。

    幾山河

    11-04,2011

    先日飛来したのはアサギマダラだと
    山中先生から写メール。

    函館で放たれた蝶が南下して
    下関で捕獲された新聞記事を見たのだとか。
    四国にも来ていたのですね。

    多い時は、20羽が舞い降りていたのに
    藤袴の下草をそっと除くと
    旅立てなかった蝶たちの亡骸が↓先生撮影

    20111101101329.jpg

    調べてみると、アサギマダラは、
    春の北上、秋の南下を繰り返す
    日本で唯一の渡りをする蝶。
    綺麗で可憐な蝶なのに、
    遠くは台湾・陽明山まで飛ぶものもあるのだとか。

    北海道から宇和島まで
    小さな身体で、
    一体幾つの山河を越えて来たのだろう。
    力尽きて絶えた
    彼らの墓標は藤袴。

    先生はきっと毎年この花が香る度に
    この蝶たちのことを
    思い出されるのだろうな。

    ぬし知らぬ香こそにほへれ秋の野に
    たがぬぎかけしふぢばかまぞも  素性

    蟄虫杯戸

    09-29,2011

    虫の声は
    幾重にも続く漣。
    こんなに心地のよい音が
    世界にはあると
    この耳で
    知るだけでも幸せ。

    鶯には
    とても上手に鳴くものと
    大丈夫かなあと心配になるものがあるけれど
    草むらで鳴く虫にも
    際立って声のいいのがいる。
    独唱のように
    波間からくっきり立ち上がってくる

    切々たり暗窓の下 喓々たり深草の中
    秋の天の思婦の心 雨の夜の愁人の耳
                      白居易

    心の汀に寄せてくる
    悲しくも
    愁いてもいない
    ただあるがまま

    澄んだ命のこえ

    時雨と天ノ川

    08-05,2011

    大雨時行
    ようやく陽が射したのに、あっという間に夕立。

    北と南、両方のバルコニーに蝉が迷い込んで
    近づくと暴れる。生温かくやわらかい命。
    そっとしておこう。

    雨の間に間に今日も蝉時雨。

    京都にいた頃、その音の洪水にびっくり。
    無数の雨粒が降り注ぐようで時雨の形容を実感。
    職場内も外もお寺に囲まれ樹が多かったので
    蝉時雨は小雨でなく大雨。
    割れるように痛いくらいの雨粒が注いでいたっけ。

    それは星空も同じ。
    新月の夜、四国の山中で見た星は正に天に満ちるほど。

    探検家の青年はモンゴルの川をバイカル湖に向けてカヌーで下りながら
    見上げた空のことを書いていた。
    星座など探せないほど夜空が真っ白で
    星は点の集まりではなく帯だったと。
    星の数ほどというが、それが
    無数を表している言葉だと初めて実感したと。
    私はまだ星の帯を知らない。

    この宇宙には
    もっともっと
    が既にある。
    満ち満ちるほどにたくさん
    が溢れている。
    或いは圧倒的なひとつも
    きっとあるのだろう。

    まだみぬものをみてみたい
    文字でみただけで知らないこと
    身体中で感じてみたい

    ほとんどのことを知らないまま今生を終えるとしても
    生温かい私の命
    神さまの手のひらで
    ずっとやわらかく跳ねていますように。
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