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    赦し

    06-16,2015

    愛という言葉がある。
    その言葉に出会ったのはいつか?

    学生時代に読んだエーリヒフロム
    落ちそうで
    いつまでも心の内側に落ちない。

    書物や例えばマザーテレサのような人の為したこと
    感動しても
    知識では何も腑に落ちない
    見聞きしただけのことではわからない
    親切でも慈悲でも責任でもない
    愛ということを理解するのに適当な事例を
    私の心に見つけられない。

    ほとんど忘れているこの思いに
    答えてくれた友がいる。

    彼女が見せてくれたのは
    赦し
    彼女はその人を赦しで救った。
    その後の人生込みで
    ほんとうに救った。
    十数年たって結果がある
    その間の二人を見てきた。
    私にそれができるかわからない。
    というより
    今の私にはできないだろう。

    愛を何といえないけれど
    愛というものがあるとすれば
    彼女がそれを見せてくれた。
    そして愛は増える
    愛のある人が一人いれば
    伝染するように
    人は変わり
    何だろう増えていくんだ。

    見せてくれてありがとう。

    年に数回しか会えない。
    でも会うと必要なものを渡し合える。
    そして今の自分と向き合い
    先を見てそしてポジティブにもなれる
    やっぱり愛を分けてもらう。

    HONESTY

    尊敬する友達。


    表参道のカフェで待ち合わせて
    朝食ミーティング。

    落ち合って気づけば3時間以上。
    周りを見回すと満席で外は行列・・・
    あっという間に時間が過ぎた。
    申し訳なくお店を出て青山通りを
    ショッピングしながら
    話足りないながら時間切れ

    手に手を取って涙を流し
    話し続けたことは
    茶の湯のこと
    ただ心から茶の湯が好きで
    伝えたい
    話しながら心がいっぱいになって
    涙が出る
    人から見たらおかしいけれど
    二人ともド真剣。
    十数年前に出逢って
    思いが少しも変わらない
    志を同じくする一人。

    彼女に会えたのも茶の湯のおかげ

    進む勇気
    この道を行く力
    ひとりだけどひとりじゃない

    ありがとうね。
    がんばるね。




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    上品

    05-16,2015


    と書いてみる
    何を欲とするか
    ただの夢想やご都合主義や浅ましさのみならず
    真っ当な目標とか高邁な夢も欲
    と言い換えれば
    千差万別天と地ほど人それぞれ
    それを何と表現したらよいのかわからないから
    欲としてみる
    欲としてみれば多分
    美馬さんにそれほどそれはない。

    華やかな社交をして
    ちやほやされたり
    自分の実力や努力もそれはあるから
    賛辞に包まれてちょっと勘違いするのは人情。
    自分を律して
    頭で冷静を保つのは普通の人。
    でもそれはそれで
    外野からはちょっと窮屈。
    美馬さんはその何れでもない。

    出逢った時から
    呉服の道は自分一人で始めて畳む
    好きで始めた自分の道。
    定めた年齢ですっきりやめて
    旅館の七代目
    畑でほうれん草を作って
    お客さんの朝のおみおつけに

    そんなことを仰っていた。
    それは今も変わっていないようで。

    己を知ると言っても
    それだって
    ただの言い訳なのか諦めなのか
    正確なところはわからない人は多い。
    だけど、美馬さんは自分の運命を知っている。
    というか定めている。
    そこに浮ついたところはない。

    華やかな世界の傍にいて
    普通の人はしない派手な遊びをしているから
    そんな人と思いがちだけれど
    浮つくことはないんだと思う。
    嘘もない。
    対峙するのが誰であろうと変わらない
    あのままだ。
    濃い個性の陰に隠れているけれど、
    本当に真摯な人だとしみじみ思う。

    こんな人が周りにいない
    濃いというか稀有というか
    私が普通すぎるのか

    結局のところ
    育ちとしかいいようのないものかな
    育ちとは都会とか田舎とか
    お金持ちとか庶民とか
    職業が何とかそんなことではない

    あんなに華やかな世界で
    人の見ないものを見て
    好きな事を言って生きているように見えても
    己が何たるか
    自分の運命を知っているというか
    定めている。
    だからぶれない。
    地に足がしっかりとついているのだ。

    透徹した眼差しで人も自分もみている
    そう思うと怖くもある
    それでもこうやってご縁が続くのは
    美馬さんがきれいだからなんだろう
    結局それに行きつく。
    表層ではなくて欲との付き合い方で
    それが冴え冴えとしてくる
    私にとって社長は品のいい人だ。
    癖があっても濃くても
    ものすごくきれいなところがキラリとするから
    それが面白くて
    だから私は叱られつつも
    駆けつけるのだと思う。



    お買い物

    04-14,2015

    本日は日本橋へ。

    和に目覚め、お着物を誂えた友人と
    お草履を選びに待ち合わせ。

    思えば誰の言うことも聞かず
    自分のその時の好みで
    あるいは必要だから
    そんなに気に入らないのだけれど
    と揃えたものは
    私の場合、結局着なくなった。

    賢い買い物
    とは彼女のようなお買い物。

    日の当たる場所で大切に育てられた
    幸せなお着物を大切な自分のお金を出して
    納得して買う。
    わからないまま勧められるまま
    半信半疑で買うのではなく
    信頼のおけるプロの眼を通過した
    間違いのない日向を歩いてきたお品を
    出逢った!
    私のためにここにいてくれてありがとう!
    という喜びと共に
    まるで新しい友のように感激し迎え入れる。
    幸せなお品のために
    お部屋にきれいな場を用意してお迎えする。
    お品も幸せ、本人も幸せ。
    幸せな箪笥の出来上がり。
    今後、その箪笥に居心地の悪いものが入ろうはずがない。

    自分のために今ここにこのお品がある
    と感激できるような
    物とのご縁を喜べる
    素敵なお買い物に立ち会えたことが
    私にとっても新鮮で。

    稽古に必要な道具に追いかけられるばかりで
    好きな道具はもちろん
    着るものや持ち物なんて二の次
    買い物の喜びなんて
    もう長らく経験していない気がする自分の
    心根が何だかな
    と反省して
    堅実ながら喜びのある
    お買い物のお手本を拝見した思い。

    で、本日もよいお買い廻りをなさって
    おいしいものを頂きまして
    おあまなども少々
    たくさん話して解散と相成りました。

    老舗の王道プリンアラモード↓

    CIMG1640_convert_20150610221333.jpg







    04-11,2015

    献茶式を早々に引き揚げ
    電車を乗り継ぎ、ホテルオークラへ。

    高知でお世話になった先生が
    ご東上して来られ、
    中々高知へ伺う機会がないので
    せめて一目お顔を見たくて、
    駅からの坂道を上る。

    引っ越し先の高知で
    支部に入れて頂くのに
    淡交会本部にお伺いして
    ご紹介頂いたのが当時の幹事長先生。
    私は役職付のお偉い先生が苦手なので、
    とりあえず支部に入会の手続きをお願いして、
    ゆっくり自分に合う先生を探そうと思っていた。

    先生が社中にとお誘い下さったのを
    しばらくもぞもぞお返事せず
    高知に引っ越して一年になろうかという頃
    ようやく稽古に伺うようになった。

    広間の他に露地や腰掛付きの小間もある
    駅近くの一等地の豪邸。
    女優のような華やかな佇まい。
    だけどそんな外見で判断しては痛い目に合う。
    悲しいけれど、お茶の世界の嫌なものも
    それなりに見てきた。

    一度伺ったらもう後に戻れない
    覚悟して恐る恐る稽古に赴く。
    伺ってみると
    選び抜いた少数のお弟子さんに
    厳しく細かく妥協なく
    基本に忠実に教えられる先生だった。

    その時幹事長というお役をしておられたが、
    それは一期だけのことで
    請われて一期だけの約束で引き受け
    早々に次期幹事長を指名し、
    約束通り見事に取り仕切ってバトンを渡された。
    もとより役職や名誉に恋々とする方でないことも
    すぐにわかった。

    行事ごとで支部が集う時も
    驚くほどの運営能力で
    要するに小さな眼差してお茶だけを見つめるのではなく
    広い視野で公正に物事を捌かれる。
    誰よりも細やかで綿密で完璧主義で
    言うべきことははっきりはおっしゃるけれど
    感情的になることは一切なかった。
    目標のために一人一人が何を為すべきか
    という一点からずれることなく
    物事を遂行される能力と賢さがずば抜けておられて
    いつも私は惚れ惚れと勉強になった。

    そして、稽古では
    一から点前を直された。
    私のいいと思う点前をしてもらうと。
    それは17歳の時最初の先生が
    私にして下さったのと同じご指導だった。
    先生もまた真剣勝負で
    私だけを見て下さっている。
    誰にも渾身のご指導だから
    きっと稽古の後は
    どっとお疲れになっていることと思う。
    他所から来た人を直すのはしんどい。
    点前としてできていればそれでよし
    とすることの方がたやすい。
    自分が教えるようになってしみじみとそれが分かる。
    一から教えた人には言いやすいけれど
    これからは様々な資格の方が
    私の稽古場にくるだろう。
    その時、私は先生を思い出す。
    先生ほどの労力をかけ、
    その人に向き合うことができるだろうかと。

    弟子を家族のようにという先生を
    否定はしない。
    でも往々にして甘えがある方も多い。
    その先生はお一人住まいながら
    弟子に心情的な甘えも一切ない。
    心の扇子を決して忘れないで
    弟子に接しておられた。
    客観性をもって自分を見る
    私もそう在りたいと思う。

    今回も僅かな面会ながら
    ひとしきり私を励まして下さって
    そして、気を付けるべきことを
    最後に仰った。
    稽古に伺って一年ほどで引っ越したから
    短い間なのに私のことを
    よく見て下さっている。
    忘れないように反芻しながら帰路に着く。

    久しぶりにお目に掛かった先生は
    相変わらずの美しさだった。
    いつかキラキラパウダーをつけていると
    おっしゃっていた。
    帰り道も嬉しくて嬉しくて仕方なかった。

    また必ずお目にかかります。


    04-09,2015

    大好きな方が来て下さって
    主さまと三人、我が家ランチ。

    CIMG1634_convert_20150520233642.jpg

    午後から籠を編む知人の会が
    ギャラリーであるので、
    ご一緒しましょうということになり、
    その前に久しぶりに我が家にきて下さった。

    引っ越されたお料理教室の先生。
    古稀を過ぎて軽やかで
    いつだって瑞々しい。

    先をいく人の背中。
    私には見つめる幾つかの背中がある。
    私はとぼれんちんで危なっかしい人間。
    だけど、道にそれず修正しながら進めるのは
    先を行く真っ当できれいな背中があるから。
    私には何もないけれど
    そういう方に出逢う
    運の良さだけが奇跡のように
    与えられていると思う。

    どこにいても
    標となる背中がある。
    歳を重ねていくことは悪くない。
    そう思える人が周りにいることの幸せ。
    覚悟を見せて頂けること
    自分の行く道だ。

    この地でも出逢えた
    その存在が奇跡で
    ほんとうに在り難いと思う。









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