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    マニア好き

    01-25,2012

    お料理教室の先生にお声掛け頂いた
    ティーセミナー。
    「輸出茶箱ラベルと三人の広重」

    なぜに広重?
    興味をそそられるテーマ
    ワクワクしながら出掛ける。

    まずはお茶の歴史から。
    日本のお茶はご存知、
    806年、遣隋使によってもたらされ
    鎌倉時代に栄西が初めて茶の苗を持ち帰る。
    その後、明恵上人が高山寺で苗を増やし
    これが日本最古の茶畑に。
    この辺りは茶道検定でおなじみ。

    お茶は2つのルート世界に広がり、
    現在に至っている。
    福建省から海ルートでイギリスやヨーロッパへ。
    こちらは福建省で言う「ティ」として伝わる。
    雲南省からの陸ルートでインド・日本へ。
    こちらは現地の言葉で「チャ」。
    面白い。

    お茶が普及する前のイギリスでは
    日本のように生水を沢山飲めないので
    エール(ビールの原型)やホェー(乳製品)、
    葡萄酒などを飲んでいた。
    中国からお茶が輸入され始めると、
    身体に良くて子供も飲める飲み物として
    歓迎された。
    それまで上流階級のみで飲まれていたお茶が
    産業革命で労働階級がお茶を常飲するようになり、
    絶対量が不足。
    輸入先を中国以外に求めたり、
    インドでも栽培を始める。
    最初はお茶の対価として、イギリスは銀で支払いをしていたが、
    お茶が消耗品であるため、阿片との交換に変更。
    これが阿片戦争へと発展する。

    1858年鎖国修了と共に
    日本からもイギリスに茶を輸出し始める。
    この辺りは全然知らなかった。

    茶箱を飾るラベルに花鳥画の浮世絵が貼られた。
    描かれた文字は蘭字。
    その頃、多色刷りが普及していなかった西洋では
    その美しさに驚き、上流階級でコレクションされるように。
    この紅茶のラベルの浮世絵から
    西洋では日本ブームが起こる。

    そう言えば
    オランダのゴッホ美術館の最上階で
    ゴッホが模写した浮世絵を観たなあ。
    なんだか一生懸命生真面目に描いていた。

    国内の現存数が少ない貴重なラベルを見せて頂き、
    それを描いた歌川広重のお話へ。
    歌川広重は三人。
    初代、二代、三代と広重を継いでいる。
    その人となりや浮世絵を拝見しながら
    ようやく広重がお茶と結びつき、
    面白さも佳境へ。

    013_convert_20120203234139.jpg

    相席させて頂いたマダム方とのお話も楽しくて
    聞けていないところもあったりで
    あっという間に終了時間。

    紅茶コーディネーターの先生は、
    私と同年代の美しい女性で
    この目の付け所の良さと言うか、
    個人的な興味を突き詰めていく人が
    好きな私は
    またゆっくりお話を伺う機会を楽しみに
    待つことにする。

    世の中には面白い人が沢山いる。
    人はみんな面白いというべきか。

    ん?帰って高知から送られてきた茶缶を確認。
    このラベル・・・蘭字ですね。

    この日を迎える前に用意されていた伏線。
    まじまじとラベルを見る。
    またまたつながり。
    きっと次があるぞ。
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