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    幸せなひととき

    02-15,2012

    野辺に咲く見落としそうな花の
    清しさだけが
    茶室の静寂の中で息をしています。
    墨蹟の潔い筆跡の余韻、
    時折鳴る松籟、滾る湯の感じに
    心がシンと洗われるようで。

    一椀のお茶を差し上げるこころ
    一椀のお茶を頂くこころ
    無言の内にある心の働きに
    自然と頭が下がるのです

    お稽古を始めたばかりの頃、
    その空間の全てに感動して
    よく泣いたものです。
    先生はそんな私に何時間でも
    禅や陰陽の話をして下さいました。

    人生を変える出逢い
    とても明確な意識の中で
    私の分岐点にあるものが
    茶の湯との出逢いです。
    茶の湯を知らなければ
    その芽を育てて下さる先生に出逢わなければ
    ここにいる自分は
    全く違う人間だったように思うのです。

    例えばこの街に響く
    鐘の音に立ち止まる瞬間や
    小島の向こうに焼け落ちていく夕日に
    目を細めているような自分の行為に
    理由をつけられないでいたけれど
    そんな私の説明できない心の答えが
    そっと茶の湯の中に潜んでいるようで
    どこまでも分け入りたくなるのです。

    稽古を通して見えてくる
    不勉強で不完全な自分自身。
    消え入りたいような自分に対峙していく
    日々の稽古が好きなのです。

    心を尽くしてなお自然体でいられること
    無言のうちにお互いを慈しみ合えること
    そのものの連れてくる余韻を愛でる心
    合理的でなくても
    はっきり何と言えなくても
    先人が育んできた伝統を
    私は美しいと思うのです。

    物事はどんな時も
    それ自体は善でも悪でもなく、
    行う人の心がそのものの質を高めたり
    貶めたりすると思うから
    問われるべきは文化ではなく
    常に自分自身の在り方。
    日本人として美しく生きるのは
    自分の責任。

    そのことに気付かせてくれた
    茶の湯に出逢えたことを
    心から幸せに思います

    外国へ行っても
    私は永遠のジャパニーズ。
    それが誇らしくて嬉しいのです。

    ↑これは25歳の夏に書いた文章を
    父が小さな本にしてくれたので
    手元に残っていました。
    今もちっとも変りません。
    もう少し照れが入って口籠もるけれど
    いつまでも
    茶の湯の山で宝探しをする
    子供のまま。
    先述の最初の師の稽古場は
    今も褪せない最初のこのこころを
    私に授けてくれたのでした。
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    COMMENT

    このコメントは管理人のみ閲覧できます
    2012/02/26(日) 08:57:07 || # [EDIT]
    真生さん、
    すごく頑張っていらっしゃいますね。
    イギリスから帰られてからの充実振りが
    ブログから伝わってきます。
    人と関わりながら、きれいな自分の道をみつけて
    そこを真っ直ぐに歩いて行きたいですね。
    高知の方とお話できるのは
    いつでも懐かしくて嬉しいです。
    ありがとう!
    2012/02/27(月) 13:09:19 |URL|wagennaigo #- [EDIT]

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