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    菊の着せ綿

    09-18,2012

    節ノ会↓の支度
    http://seishinnkai.blog.fc2.com/blog-entry-38.html



    菊伝説をかいつまんでみると、

    紀元前1100年から250年頃、
    中国の王朝、周のぼく王に経を授けられた
    侍童(じどう→天皇の身の回りの世話をする小さな男の子)の噺
    あるとき、侍童は王様の枕をまたいでしまったために
    レキケン(田舎)に流された。
    流される侍童に王は反省にお経を読みなさいと法華経を授けた。
    侍童は毎日菊の葉に経を書いて水に流した。
    その水が力を持つようになり、
    その水を飲んでいた子供は年をとらなくなって
    仙人になり、800年以上も生きた。 
    お経の力=菊の力と解釈され、菊が不老長寿の花となった。

    この逸話から、
    天上人たちは重陽の朝、
    庭の菊を手折り
    袖に降りかかる露を尊び、
    数種の和歌を詠んでいます。

    これが少し進んで、
    重陽の前日、8日の夜に庭の菊に真綿を被せておき、
    朝露に濡れたその綿を9日の朝に外して、
    その綿で顔や身体を清めて若さを願うことへと
    発展していきます。

    枕草子にも着せ綿の記述があるので、
    1000年頃、平安貴族は既に花直接の露ではなく
    着せ綿をしていたようです。

    ということで、着せ綿を
    節ノ会でも再現してみました。写真上↑

    気候の関係で菊がまだ咲かない年は、
    まだ咲いていない菊に綿を被せて
    咲いている様に見せることもしたらしい。

    ということで、
    我が家の菊はまだ花芽も出ていないので
    三宝に綿のみの着せ綿を作ってみました。↓



    白の菊には黄の綿・蘇芳の芯
    黄の菊には蘇芳の綿・白の芯
    紫の菊には白の綿・黄色の芯

    後水尾天皇の頃には、
    こりん(しべ)まで
    黄・白・蘇芳三つの色で
    色重ねが決まっていたようです。

    着せ綿は、真綿を染めて作ります。

    蘇芳色は、東南アジアにある蘇芳の木を
    細かく切ったものを使用しており、
    当時の日本にはありませんでしたので、
    出島の蔵に蘇芳がたくさん仕入れてあったそうです。
    この木を刻んだものをお湯で煮た液に綿を浸け、
    それを、椿の葉だけをを燃やした灰水に浸けると
    赤紫に変わります。
    蘇芳の赤い色の中にある青がこれです。
    アルカリの中のアルシナという成分が
    ブルーに発色させる力をもつということでした。

    黄色は黄肌という木で染めます。
    これは煮出した木の色だけ。
    アルカリ性の水につけると
    青みのある黄になるそうです。

    染めの世界も面白いですね。

    写真の菊は花屋さんのものなので、
    香りがありません。
    旬はやはり香り。
    本番の10月23日、家の菊が咲いてくれるのを
    お祈りしながら待って、
    我が家の重陽の儀を楽しもうと思います。

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