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    過ぎるということ

    05-26,2011

    現代人は香りに敏感。
    本当にそうだろうか???
    何でも何もかもとにかく分かりやすいものがたくさん。
    世で人に広く買われる目的の元生まれたものは
    おとしどころ
    という命題がある。
    このおとしどころに唸ることもあるし、
    辟易することもある。
    これをセンス(好み)の違いと片付けてしまおうとする。
    それでもねと思うのが
    この香りのおとしどころ。
    フレバリーって難しい。
    なにせ上から付け加えているのだ。
    その好き嫌いの幅といったら
    気が遠くなるくらい千差万別の許容量。
    香りって本当に微妙だ。
    すぐいい香り。
    この すぐ というのがなんとなく苦手。

    この対極にあるのが
    そっと頬寄せないとわからないような
    そのものの持つ本来の香り。
    例えば
    いつの間にか
    風景を染めている木の花の香り
    そこにあるのは「とき」かな
    ゆっくりと空間の粒子にしみ込んで
    いつの間にかその香りに満たされている
    そんなような。
    体臭だって、時間がたった食べ物だって
    とにかく あれ?何かしら?どうだろう?
    と感覚を澄ます
    そんな 何かしら?がないっていうのも
    味気ないような。
    感覚が知らず鈍感になっていくような。

    トイレだって靴箱だって冷蔵庫だって
    脱臭剤も芳香剤も使わない。
    匂わないように毎日拭き掃除している。
    布にシュッシュするのが嫌だから
    布は極力使わない。
    太陽に干して、窓という窓は開け放つ。
    家にあるのは
    その家の生活の香り。
    そこに住む人の香り。
    日本の香り。

    結局苦手なのはノイズなのだろう。
    過剰。過ぎるということ。
    表現の中には常にこいつが潜んでいる。
    まあそれがうまくいっている
    こともあるけれど。
    うーんこのどうでもいいことの
    ダラダラ文も過剰だなあ

    入梅。
    雨が続くと空気の粒子が大きいような。
    空間が何となく重くなるような。
    この季節は正にお掃除時。
    自分の鼻を大切に。
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