スポンサーサイト

    -----,--

    上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
    新しい記事を書く事で広告が消せます。

    月落漂底

    09-10,2013

    稽古の軸を選ぶ。

    月。
    遠く冴える冬の月
    霞む大きな春の潤み月
    どの季節の月もよいけれど
    秋の月を床に。

    この色紙は
    大徳寺系の修行道場である
    故郷の大乗寺のご老師様のお筆。
    出汁から精進以外の食べ物を口にされず
    最期は餓死というか
    自然に衰弱し何も召し上がらなくなって
    逝かれた。

    この言葉自体は禅語ではないけれど
    情景が浮かぶ言葉が好きなので、
    お寺修復のご寄付の一環として
    若い頃に求めた。

    雲間の月、木間の月
    杯に映る月、波に漂う月
    欠けていく月、膨らむ月
    完全無欠な唯一無二の輝きではなく
    足りないものをこそ愛し
    かけた部分に心を映す
    日本の心は幾重にも豊かだ

    天上から
    落ちて水底に漂う月

    等伯の襖絵を思い出す
    確か白隠のものもあった
    探してみると
    京都時代の記念品か何かで頂いた
    色紙が出てきた。
    南禅寺の金地院にある
    猿候捉月図
    この符号。

    P1060757_convert_20130928155223.jpg

    猿候捉月図
    見た通り、猿が手を伸ばして
    水に映った月をとろうとしているところ。
    これは中国の故事に由来するもので、
    勿論掴めるはずもなく、池に落ちて溺れ死ぬというお話。
    禅の世界で言うと、
    目先の幻影に囚われて破滅する愚かさを例えたもの。

    本当のもの、真理は
    手の届くコンビニエンスなものじゃない
    でもいつも私達の側に普通にある
    遠くてもいつだって見上げればそこにある。

    誰の中にもある
    誰にも汚されない
    嘘偽りのない澄んだ鏡の湖に
    いつだってこの月を映しているんだ

    と、禅語として考えはじめると
    なんだか観念的になりそうなので

    樋口一葉の美文など

    答えはいつだって出ないけれど
    考えて感じて気付いていく
    いつか


    ささやかなる庭の池水のゆられて見ゆるかげ物いふようにて
    手すりめきたる処に寄りて久しう見入れば、
    はじめは浮きたるようなりしも次第に庭ふかく
    此池の深さいくばくとも測られぬ心地成りて
    月は其そこの底のいと深くに住むらん物のように思はれぬ
    久しうありて仰ぎ見るに空なる月と水のかげと何れを誠のかたちとも思はれず
    物くるほしけれど箱庭に作りたる石ひとつ水の面にそと取り落とせば
    さざ波少し分かれて是れにぞ月のかげ漂ひぬ

    スポンサーサイト

    COMMENT

    COMMENT FORM

    • URL:
    • comment:
    • password:
    • secret:
    • 管理者にだけ表示を許可する

    TRACK BACK

    上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。