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    等身大

    01-13,2014

    茶友の初釜に招かれて
    慈緑庵へ。

    慈緑庵は、
    小間と広間を有する茶室で
    緑豊かな公園の中に建てられている。
    多胡三代治・キヨご夫妻が
    大和市に寄贈したものなのだとか。

    緑滴る林 命の泉
    病弱の身 緑によりて救われ
    卒寿を迎ふ
    最も愛せしもの 緑の大和

    多胡三代治氏の詩が刻まれている。

    梅ヶ丘と言い、
    素晴らしいお金の遣い方。
    地域に感謝して報いる
    最上の御礼。

    自分は無くなってしまっても
    場を遺せば、そこで新たに
    生まれ続いていくものが
    途切れずできる。
    何千何万の未知の地域の人が
    この緑の中で思いを共有し
    場に感謝し
    さらに未来に繋いでいける

    私に財力があれば
    正にこんな遣い方をしたい。
    自分で所有しなくても
    安価に本物を使わせて頂ける
    大和市の方々は本当にお幸せだと思う。

    席入りし、初炭の後、
    京都の桂窯で
    お手づから焼いた茶碗で
    濃茶を頂く。

    奥様の焼かれた茶碗と
    ぴったり、
    入れ子のような重ね茶碗。

    偶然ながらと仰っていらしたけれど
    息の合ったお二人らしくて
    微笑ましかった。

    私はこういうパーソナルな
    物語が大好きだ。
    私にとって何よりも
    甲斐のあるご馳走。
    見知らぬ人の茶でない
    掛け替えのない友の茶だからこそ。

    渡来物の無二の宝物で
    成されていた天上の茶の湯を
    生活の場に下ろして下さった
    利休居士。
    恐れずに言えば、
    茶の湯は人と人の間に
    介在するアイテムの一つになった。
    道具のみならず
    人間と人間の
    つながりに
    主が移ったからこその面白さ。
    勝手な解釈だけれど
    道具茶ならば
    財力でしかできないもの
    万人に開放されることはない
    未来のない遺物になってしまう。

    年頭の一服はいつも
    染み渡るおいしさ。
    沢山のお弟子さん達に
    自分の手で一服一服
    濃茶を練る友に
    後光が差している。
    薄茶はお弟子さんのお点前。
    一途に懸命に
    お茶を点てて下さる。

    こういう等身大の茶の湯を
    心のあるお茶を
    私もまた一年
    新たに新たに差し上げたいと思う。

    友に感謝。

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