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    汗をかく。

    06-22,2014

    週末の茶事の準備。
    換気の問題もあり、こちらに来てから
    普段の稽古は電気ですることが多いから
    久しぶりの灰型に汗をかく。

    頬かむりに帽子にマスク
    バルコニーで再度灰を濾し
    五徳を合わせながら灰を入れて、押し、削っていく。
    緻密さと潔さ
    こういうのは性格が現れ出る。
    フローリングのワックス掛けも曲がってる
    ざっくりの私に
    目の覚めるような灰型は望めず
    もうちょっとと思い
    嵌るぬかるみ
    ほどほどでご勘弁

    最後に火箸で水の卦を書く。
    下火で隠れてしまうから
    水の卦に気づく生徒さんはいないかな。
    土風炉の場合は、藤灰を白く粉雪の風情に撒いて水を表す。
    土風炉でも真の点前では、鱗灰と言って、魚の鱗のようにした灰を
    炉中に敷き詰めるように置いていく。
    鱗灰は学園時代以来していないけれど、すり鉢で灰を整え、
    水分を含ませながら一枚一枚の作業で、ものすごく暇がかかる。
    鉄風炉は、火箸で水が落ちるように筋目を一面に描く。
    唐銅の風炉は金が水を呼ぶという五行の教えで水の卦のみを書く。

    茶の湯の神髄というと大げさだけど
    火に水の卦を記す
    こういうところにそれはある。
    そして、それらはほとんど目につかない。

    当日使う炭も洗ってざるに立て風を通しておく。
    冬に使う湿灰も夏の晴れた日に番茶で色付けをする。

    茶の湯は目に見えない煩雑な仕事の集積。
    下地の上に表舞台がある。
    裏の仕事のない表舞台などどこの世界にもない。
    表層だけを見ていると
    目の前にあるものにさえ心を置けなくなる。
    人は見ているようで本当には見ていないもの。
    自分がしないことは
    あることさえも知らずに終わる。
    自分がして初めて眼が開く。

    だから亭主八分の楽しみ
    することがあればあるほど
    我を知り、足らなさに打ちひしがれ、
    修練を疎かにできないことを思い知り、
    見えてきた世界を喜び
    次なる糧にできる。
    先に幾重にも光があって
    やっぱり面白そうだから、面倒でも苦手でもやる。
    全てを自分の納得がいくまで完全にできなくても
    あることを知ればそこに眼差しができ
    人の仕事が見えてくる。

    茶の湯は察し合うことの集積。
    昔は木と紙の狭い空間で
    気配を察しあって、普段から
    自分の居まいをつくっていたのだろうけれど
    現代生活ではその間合いは鍛えられず
    茶の湯は良い鍛錬になると思う。

    水屋の仕事の一回一回が教えてくれることは深い。
    面倒でも省略なくコツコツするしかない。
    器用な人には辛気臭くて
    不器用な人にも必ず到達点がある
    故に平等だと思う。

    茶の湯の灰型は茶事1回につき1回きり。
    後炭は省略することが多いけれど
    風炉の初炭で切った月型を後炭の時藤灰で埋める。
    茶事の後はもう一度篩ってまた新た。
    へたくそもリセットされてまた一から新た。






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