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    繋がる

    09-30,2014

    茶箱最終日。
    10月に延びてしまった夕去りの一会まで
    身体の隅に少し残して。

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    清心会は初心者の方が多いので、
    しっかり身に着けて頂くために
    マンツーマンの対稽古としている。
    でも、稽古時間の超過や
    稽古茶事などで顔を合わせて
    ご一緒にという話になり、
    稽古日を合わせていらっしゃる方もある。
    初めの頃は、人と一緒は恥ずかしいと
    仰っていても
    いつの間にか人の稽古を見てみたくなる。
    点前に興味が出てきた証拠と
    嬉しく思ったりする。

    教えているとよくわかるのだけれど、
    皆さん慣れてくると
    手が止まるところは大体同じ。

    大阪時代、
    広間の三ケ所に点前座を取り、
    それぞれ別の点前をするような稽古場に
    いたことがあり、先生はそれぞれを
    ちらちらと見られて必要な指導をされており
    驚愕した。
    それぞれの点前で詰まるところは
    大体わかっておられるので
    その辺りになると見ておられたのかな
    と今では思う。
    ということは、人の点前を見ることは
    そのまんま自分の姿を見ることと同じ。

    お茶が面白くなった頃、
    毎回稽古日の一番乗りで稽古場に伺った。
    勿論、初炭をさせて頂くため。

    基本的に自分のしたい点前を所望して
    させて頂く稽古場だったので、
    後炭は他の方の稽古の合間に
    頃合いを見計らってお願いできるけれど、
    初炭は一番でないとできない。
    炭手前をさせて頂くと、
    火の起こり加減、落ち加減を
    稽古の中で体感することができた。

    1回の稽古で人数により
    1回か2回点前が回ってきた。
    人の点前を自分がするつもりでしっかり見て
    逆勝手や大炉など特殊なものは別として
    本勝手の稽古では
    人と同じ点前はしないと決めていた。
    一応何をお願いするかを決めて予習をして伺うけれど
    人がその点前をしてしまったら、
    違う点前か点前は同じでも
    扱いのある道具に変えたりした。
    勿論自分がするのとは違うけれど、
    見た点前も稽古できたと考えると
    幾つもの点前を重ねたようで
    かなり密度の濃い稽古となった。

    菓子の銘、お茶銘、茶杓の銘
    茶入や茶碗の銘
    人とかぶらないように
    幾つものパターンを懐紙に書いて
    懐に入れて稽古に通った。

    今となっては全く不真面目な人間なので
    まあそんな時期もあったそうな
    ということで、思い出話。

    私はおしゃべりが得意ではないので
    一人でも誰と一緒でも
    気にならないので参考にならないのだけれど、
    一人より誰かとお話しながら
    お茶の時間を過ごして気分転換するのも
    勿論よし。
    くっちゃべって点前を全く忘れても
    勿論よし。

    全く知らない同志だった人と
    出逢ってつながる。
    やっぱりそれは意味があること。
    だから、みんな違ってみんないい。
    学ぶべきものを自分なりに受け取っていけばよいと思う。

    全ての出逢いをいいものにできる
    そんな心の強さと柔らかさ
    稽古の中で私も共に培いたい。



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