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    巳未お福分け

    01-11,2015

    初釜に続いて
    本日お福分け。

    新春の一服(福)をどうぞ。の意で
    こちらに越して来て毎年行っている。
    WELCOMEの気持ちを込めて
    玄関ドアに紙注連を作ってみる。
    目出度い鯛のつもりなのだけれど
    私の手にかかると
    間の抜けた鯵に見える・・・



    お福分けは
    ご近所様やお世話になった方
    清心会のご家族の方々など
    茶の湯に関係なく
    お茶やお菓子をどうぞ
    ということなので
    自由に振る舞って下さって勿論OK。

    こちらに越して来てからずっと
    お福分けにお越し下さっているご近所様が
    今日はそれとは知らず正客座に座られた。
    そして、とても自然に軸や花やお菓子を尋ねられ
    まあなんと見事に上座の役を果たしておられた。
    ご本人は勿論正客の何たるかも知らず
    ただ自分の心で感じたことを素直に言葉にされただけ
    だからこそ、その方らしいあれだけの自然体で
    お席を作って下さった。
    どこでも自分でいられて心が柔らかい
    その方の素敵な一面をまた一つ知ることができた。

    茶の湯は堅苦しいものでは全くない。
    だから、この方のように
    お茶の稽古などせずとも
    いつもの自然体でお茶に親しんで
    珈琲を飲むように平らかな心で
    茶席を楽しんで
    日本各地でそれが当たり前になったらいいなあ
    まずは私がご縁を得たここから。

    生徒さんのお一人が
    ご主人様とお母様とご一緒に来て下さって
    ご家族の前で点前もして
    稽古でない本番のおいしいお茶を点てて下さった。
    主婦の方は土日は出掛けにくいもの。
    こうしてきちんと顔を合わせてご挨拶できることで
    ご安心頂ければ嬉しいし、
    稽古の成果を見て頂くことで
    更に奥様にときめいたりして下さればなおなお嬉しい。

    ご近所の子供さん達も
    お相伴という言葉を初めて知ったよう。
    そう言えば、
    お相伴という気持ちそのものが
    言葉が忘れられると共に
    消えていく気がする。
    言葉ってことほど左様に大切。
    昔はお父さんのご飯を子供たちはお相伴した。
    この間食べたお節も神様のお相伴だ。
    家族でご飯も食べるだろうし
    お節だって毎年食べているだろうけれど抜け落ちている。
    何というかやっぱり
    茶の湯は最後の砦かもしれない。

    茶の湯と出逢って今年で30年。
    私は、先人や先生や親や仲間から受けた恩恵を
    引き継ぎ手渡すタスキリレーのメンバーだ。
    進化していく世界の中でも
    茶の湯にはなくしてはいけない
    大切なことが詰まっている。
    私だけの楽しみにしてはいけない。
    自分の責任を走り切り、このタスキを必ず繋ぐ
    その気持ちが更に新たになった。

    今年もたくさんの方にお越し頂いて
    写真を撮る暇もなかったけれど、
    生徒さんお二人が来て点前して下さったおかげで
    何とか皆様にお茶を差し上げることができた。
    急に点前と言われてドギマギしただろうけれど
    いい緊張を味わって経験として重ねてくれたら嬉しい。
    いやはや本当に助かりました。
    ありがとう。

    かなりお待たせもしてしまったけれど
    朗らかに待って下さって
    今年もお客様方に沢山の喜びと気付きを頂いた。

    そう服を分けるとは名ばかり。
    私が福を頂く会というのが
    今のところの実態・・・
    今年もお人の良いものを頂いてばかりで
    幕が開ける。

    年初から恩恵のシャワーを浴びた。
    感謝してお返ししていこう。

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