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    存ずる

    01-30,2015

    誰かが書いた利休の人柄に興味はない。
    そもそも人が人を評するときはプリズムの一部
    その人が見たいものだけをより出してみているに過ぎない
    評伝なんてファンタジーだと思う。

    画家の人生にも興味はない。
    ただ彼の描いた一枚の作品が
    自分にとってどうかだけ。
    自分が会うことがもう叶わないのだから
    私にとって作品の中にしかその人はいない。
    作品からその人を想像することができるだけ

    利休が愛でた道具を見
    利休の遺した茶室に座って
    今私がこの目で確かめることができるものの中に
    彼を見出すしかない。
    伝えられた点前を繰り返し
    身体と頭と心で
    その眼差しについて思考について
    思い巡らすことができるだけだ。

    映画や小説を読んで
    利休ってこういう人だったんですね
    と言われると
    びっくりするというか
    何だか悲しくなるのは
    私だけであろうか。








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