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    涼を呼ぶ

    07-20,2015

    六月は季夏、七月は孟秋。
    降り続いた雨が明けて
    その朝、初蝉を聴いた。

    CIMG2185_convert_20150722145657.jpg 

    エアコンをつければ事足りる現代、
    古の夏の工夫はささやかに感じるかもしれない。
    現代生活は五感が麻痺するようにできている。

    子供の頃、父は文明の利器に頼るなと。
    最低限を享受しても依存しないこと
    暑さ寒さはまずそれがどのようなものか感じることから
    暑ければ風の通る場所を探してみたり。
    廊下に大の字になって、そんなことが面白かったりした。
    朝起きたら電気をつけず窓を開け
    今日がどのような一日なのかを肌で感じる。
    今でも電気の光やテレビの音は苦手。
    電気をつけず蝋燭だけで過ごしたこともあった。
    食事よりも家族の頬の色が生き生きと見えた。
    音を出すものが何もなくても
    世の中はささやかで様々な音で満ちていると知った。
    耳が冴えてきて、音だけで頭の中に
    宵闇の中の命が物語のように想像できた。

    今でもまずは体を澄ませて感じる習慣
    思い出と共に父に感謝している。

    茶の湯の点前の中にも
    夏は涼しくの実践として
    涼味を茶室に呼び込む工夫がある。

    一つは水音。
    たっぷりの水を張った茶碗を持ち出し、
    点前の中で茶巾を引き上げて
    水音を響かせる洗い茶巾。

    CIMG2186_convert_20150722150024.jpg 

    水面でゆれる光のご馳走
    たっぷり水を湛え光を添える平水指。
    こちらは古い伊万里の鉢に蓋をつけたもの。
    夏しか使えないのですか?
    の問いに
    冬は雪をこんもり盛って柄杓で掬うのも面白いねと。

    CIMG2193_convert_20150723212741.jpg

    七夕の趣向で創案された葉蓋。
    清々しい葉の緑、
    芋の葉などは露を落としてみせたり。
    目に涼やか。

    CIMG2336_convert_20150723212847.jpg

    ささやかすぎてさっぱり涼を感じられない
    としたら、
    即物的な香りや音、涼感を脇に置いて
    まずは感じることを忘れた
    その身体をもう一度しっかり自分で感じてみる
    錆びついた自分の感覚を開いてみる

    ささやかで幽けきものを
    繊細に感じとる感性の泉を
    自分の中に育んでいく
    茶の湯の良さはそんなところにもある。


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